絵画との関係
1990年代以降、経済情勢が低迷するなかでホームレス数は増大し、野宿期間の長期化、そして地方都市への拡散という状況に至りました。
日本においてホームレスというのは、都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を起居の場所として日常生活を営んでいる者とされています。
つまり、野宿生活者のことを指しているわけです。

著者はホームレスの人たちとあいさつを交わすところから始まり、コミュニケーションを図りながらだんだんと人間関係を深めていく中で、家の建て方だとか、材料の調達法、また限られた空間での過ごし方といったことを口頭調査したということです。
そして、家の撮影、スケッチ、あるいは採寸など詳細な調査を行なってまとめたのだそうです。
ホームレスには、以前から建設関連の日雇い労働者だったタイプ(3割)、かつては安定就労だったのが野宿直前には日雇いになっていたタイプ(3割)、野宿直前まで安定就労だったタイプ(3割)、野宿直前には無職になっていたタイプと、4つタイプがあるようです。
日雇い就労という雇用を経由しないで、いきなり野宿生活に入る後者二つのタイプは、野宿期間が1年未満の新しく登場した層に顕著だそうです。
これは、日雇い労働市場自体が、産業構造の変化や建設現場の省力化で縮小し、もはや間に入る余地がなくなっていることが分かります。
バブル経済崩壊後に企業倒産が激増したことなどにより、インテリや芸術家もホームレスとなり、JR新宿駅西口地下街では、ピーク時で300名のホームレスがダンボールハウスで寝泊りしていました。
1995年からは、若手芸術家やホームレスとなった芸術家が、ダンボールハウスに絵画を描き始め、1998年までに800軒の絵画が描かれました。
2005年には、その10周年を記念して新宿区ダンボール絵画研究会が結成され、武盾一郎氏が会長、深瀬鋭一郎氏が事務局長、深瀬記念視覚芸術保存基金が事務局となり、美術評論家の中原佑介氏、毛利嘉孝氏なども参加して、研究叢書として「新宿ダンボール絵画研究」が発刊されています。
- 次のページへ:ダンボールハウスから見る景色
- 前のページへ:火災が起きると
ダンボールハウスから見る景色は、ダンボールハウスから見る景色の情報を掲載しています。
ピックアップ!:新宿のホームレス
東京以外の方には分かりづらいのですが、新宿のホームレスは最初地下の4号線沿いに住んでいたそうです。駅・・・
